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夫への手紙~その1~

おつかれさん

 

しんどかったね、よく我慢してたね…

 

いつでも何も言わず辛抱強い

 

あぁ、とてもあなたらしいと思ったよ

 

私がこの火曜と水曜は大学時代からの

 

唯一の女友達と温泉に出かけた時も

 

出勤前なのにあなたはわざわざ早起きして

 

高速バス乗り場まで送ってくれたね

 

「楽しんで来いよ」って文句も言わずに

 

気持ち良く送り出してくれたの

 

その時は、確かにまだあなたは元気だった

 

温泉旅行から戻った私を迎えに来てくれたあなたの

 

大好きな焼き鳥や豚まんをお土産にたくさん買って来たのに

 

あなたはただ一言、「食欲ない」って言って見向きもしなかったし

 

お土産どころか水すらもそんなに飲めなくなってしまっていた

 

映画と文庫本と食べることが何よりも大好きだったあなたは

 

買い物嫌いな私のために、

 

いつでも私の好物を食べきれないぐらい買い込んできては

 

嬉しそうに安く買えた戦利品を見せてくれたね

 

今でも戸棚には食べきれないお菓子や

 

あなたの好きなパンで溢れかえっているよ

 

それぐらい食に対して執着していた筈の

 

あなたの変わりように私も何だか胸が切なかった

 

だけど、家を空けていてその間のあなたの変化を知らない私は

 

あなたの大したことないって口振りから、

 

まだそんなに気にせずにいた

 

その時はまだ知る由もなかった敗血症から来る高熱と食欲不振を

 

単なる熱中症だから問題ないって

 

どこでどうそう思いついたのか、あなたは勝手に自己判断して

 

でも、今にして思えば、それもせん妄の1つだったのかも

 

それから数日間もあなたは自分の体調不良を気にすることなく

 

いつもどおりに出勤して

 

こちらが話しかければ律儀に応答するけど

 

それ以外はずっと目を閉じて口を開いて

 

ぐったりとして事務所の自分のデスクの椅子で伸びてた

 

明らかにおかしい

 

浅黒いあなたの顔が茹でたように見るからに赤くて

 

あなたの額を手で触れたら

 

日頃は35度さえも体温がないぐらいひんやりとしてるのに

 

別人のようにとても熱かった

 

それなのに事務所にはコロナでたくさんあった体温計が

 

1つも見つからず私もそのまま見過ごしてしまった

 

ちょうどこの頃には40度近い熱があった筈だと

 

後で医者から言われて心底驚いた

 

見かねた私が、病院に電話したのだよね

 

夫は腎がんのステージ4で、これまでに抗がん剤を2種類試して

 

つい2週間前に3種類目の新しい抗がん剤に切り替えたばかり

 

新しい抗がん剤になった途端にこの有様!

 

「新しい抗がん剤に切り替えてから

 

明らかに夫のQOL(生活の質)が低下しています!」

 

そうしたら、今すぐ夫を病院に連れて来いと言われたけど

 

馬鹿正直なぐらい仕事熱心な夫は

 

ちょうど夫主催の会議を数本抱えていたこともあって

 

今すぐ抜けて病院に行くことは出来ないって断ってしまったの

 

ちょうどその日、外部施設での会議があって、

 

夫と私は別々に向かって現地集合だったのに

 

いつもの癖でぐずぐずと身支度をして

 

またいつものように集合時間に間に合いそうにない私が

 

甘えて夫に迎えに来て一緒に送り届けてとLINEで頼んだら

 

いつもなら「いいよ」って間髪置かずに返事を寄越すのに

 

その日に限って既読になるのに何の連絡もなくて

 

さすがに怒ってるのかなってそわそわしていたら

 

随分遅れてからあなたは何の予告もなく迎えに来てくれたの

 

今にして思えば、もはや手指の震えが酷くなって

 

LINEさえも打てなくなってしまっていたのと

 

敗血症で既に血を噴き出して破壊されてしまっていた胃腸は

 

水のような下痢であなたを容赦なく苦しめていた

 

私がその日の朝食を無理に食べさせてしまったせいもある

 

恥ずかしくて私に言えなかったあなたは

 

人知れず粗相を片付けてから私を迎えに来てくれたんだね

 

それから、まだ続きはあって

 

あなたは実はその日40度近い高熱で

 

意識がずっとぼんやりとしていた筈だったのに

 

辛うじて立ったり椅子に座ったりで精一杯だった筈なのに

 

それなのにあなたは私の小さなつぶやきを聞き洩らさなかったの

 

「月末処理で小銭を入出金出来る銀行に行かなくちゃならないのに

 

事務所の近所にはなかったね、困った」

 

「乗せて行ってやるよ」

 

ペーパードライバーで車の運転が死ぬほど嫌いな私は

 

あなたが高熱であることも都合良く忘れて

 

いつものようについつい甘えてしまった

 

だけど、あなたはやっぱり高熱に冒されていたんだね

 

前の車との車間距離が異常に近すぎて警笛鳴らされたり

 

カーブを曲がるときは反対車線まで飛び出して

 

大型トラック並みに大回りをした

 

さすがの私もこれなら、まだ私の運転の方が安全だわ

 

どこかのタイミングで運転替わろうかしらと思ったぐらい

 

でも結局忘れ物をした私のために

 

事務所と銀行を二往復してくれたんだよね

 

いつもみたいに何も言わずに私の願いを聞き入れてくれて

 

それなのに私ってばそんなあなたの体調を慮ることなく

 

あなたの危険な運転に悲鳴上げては責めてた

 

でも、さすがに私も夫の様子が尋常でないことに気付いて

 

相変わらず高熱でぼんやりとしている夫に代わって

 

夜に予定されていた、夫主催の会議を私がキャセルしたの

 

そして、事務所から徒歩5分の自宅へと夫を先に1人で帰らせた

 

今となっては、たらればの話に過ぎないけど

 

事務所から車で5分の、夫のかかりつけの病院へ連れて行けば良かった

 

1人でどうにか帰宅した夫は

 

またもやトイレで粗相して尿を大量にこぼしていたけど

 

それさえ認識出来ないほどぐったりとして

 

あなたはTVをつけたまま背を向けて寝込んでいた

 

どこまで私は自分勝手であなたに甘えん坊だったのか

 

それでいながら、妻として恐ろしいぐらい

 

あなたに対して無関心過ぎた…

 

to be continued…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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