休日の朝、いつもならキデは
心置きなくモーニングシャンパンを楽しむのだが
しかし、今朝はこれからトオルとの
逢瀬が控えているので
空腹でお腹が鳴らない程度に軽くつまむと
シャンパンは飲まなかった。
アルコールは身体の感覚を麻痺させてしまう、
大量の食事もしかり。
いつでもキデは逢瀬の前はなるべく飲食は避けていた。
日常的に朝食を摂らない、トオルも空腹で来るだろう。
可能な限り、最大限、万全の態勢で臨みたかった。
家を出る前に、夫の正午辺りの行動を確認した。
ちょうど正午辺りにトオルとの逢瀬が終わるので
その時にどこで車で降ろしてもらうのか
予め考えておきたかったのだ。
ペーパードライバーで車に乗らないキデは、
いつでもメンズに自宅近くまで送ってもらう。
毎度お馴染みのスーパーの駐車場にしてもらうのか
でも、ここは同時にキデの代わりに買い出しに行く
夫のお気に入りのスーパーでもあったので
ニアミスしないよう、事前に確認しておく必要があった。
通いなれている夫は、お惣菜の出来上がる、
11時前後に買い物に行くと答えた。
それを聞いてキデはトオルに
急いでラインを送った。
「待ち合わせはスーパーではなくて、
コンビニにするわよ」
スーパーはキデのマンションの西側にあったが
コンビニは反対側の東側にあった。
そして、ほんの少しだけ自宅マンションから
近いような気がした。
それから何よりも、毎度お馴染みの
ホテル街により近かった。
その分、もしも偶然夫が郵便物を取りに行こうと
マンションのエントランスまで降りて来たなら
コンビニの駐車場で誰か見知らぬ男の車に乗り込む
キデの姿を目撃する可能性もなくはなかった。
それでもキデは少しでも早くトオルに逢いたくて
そこを指定したのだ。
マンションから出て少し歩くと、コンビニの駐車場に
見慣れた、トオルの車が止っているのが遠目に見えた。
初めはフレアースカートもタイトスカートも
その区別さえ分からなかった、
そんな無邪気なトオルだったのだが、
最終的にトオルも
またタイトスカート派であることが分かり
キデはいつでもトオルの前では
タイトスカートを履いた。
車道を挟んでキデの進行方向と
平行にトオルは停車していた。
コンビニへと渡る横断歩道を
目指してキデが歩くのを
車内からトオルもようやく気付いた。
トオルはキデを認めると、
視線をそらすことなく
じっとキデを見ていた。
キデもそんなトオルを認めると、
思う存分、私に見とれればいいわ
とほくそ笑んだ。
トオルの視線を受けて、
キデに甘い緊張が走るのを感じた。
まずヒップがきゅっと引き締まって
上がるような感じがしたし
背筋もさらにピンと伸びたような気がした。
キデは上京するたびに、
教祖様からヒールを履いての
ウォーキングのレッスンを受けていて
美しく歩くコツは足を踏み出したときに
反対側の骨盤を踏み出した足の方へと
軽くねじることだと教わったのだが
それを今は特に意識しなくても
実現出来ていると感じた。
なぜなら、食い入るように
キデを見つめるトオルに
品を作るかのように、
キデはいつもよりも自然と
ヒップを振って歩いていたからだ。
タイトスカートのヒップを
トオルに誇示するかのように。
他の愛人らから初心過ぎると
からかわれようとも、
トオルは一貫して、キデにどこか似た
女優のAVばかりを観ていた。
それをなぜかトオルは毎回逢うたびに
キデに嬉しそうに報告するのだ。
キデとトオルはサイトで出会い、
顔合わせをしたときに、
トオルはキデに一目惚れをしてしまったのだが、
それだけキデの容姿に囚われているトオルのこと、
きっとこの今のキデの姿もしっかりと目に焼き付けて
逢えない独りのときに思い出しては楽しむかも知れぬ。
横断歩道までの側道を歩くとき、
キデもそんなトオルをチラチラと確認しながらも
トオルに負けず劣らずの熱心さで時にはトオルを見た。
尤も、強度の近視であるキデは、
コンタクトで矯正しようとも
思うように視力は出ず、
トオルの表情までは分からなかったのだが。
無類の音楽好きであるキデは
四六時中コードレスのイヤホンを
耳に挿したままで音楽を聴き続けているのだが
このときは、ジュディオングの「魅せられて」を聴いていた。
女が女に目覚める歌、まさに今の私のことだわ
ジュディのささやくような、甘やかな歌声と
誌的だけどどこか挑発的で退廃的な歌詞、
視線の先の、キデを熱く見る、愛おしい男の姿に
自分の瞳孔が広がり、
ちょっとしたトランス状態に入るのが分かった。
悪くない感覚ね、こういうのも含めての
逢瀬の醍醐味というものでしょ、そうでしょ?
目の前の横断歩道の信号が赤に変わりそうだったが
敢えてゆっくりとキデは歩いた。
ヒールを履く女は優雅に歩くべきもの。
信号の1つや2つなど、どこ吹く風でやり過ごす。
向こう側に逢いたくてたまらなかった男がいるのなら
信号を待つ間に、思う存分彼を見て楽しめばいいのだ。
彼をじらせつつも、彼のために装った、この私を
爪先から天辺まで、思う存分彼に見せつけてやればいい。
そんな私を、トオルはいつでも、
女王様然としてツンとしてると言うけれど、
そういう私をまんざらでもないことを知っているの。
そしてそんな澄まし顔の私が自分の愛撫でとろけて
柔らかい表情に変わるのを見るのが好きなのよね。
やがて信号が青に変わり、
キデはトオルの車へと向かった。
to be continued…
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