2人は洋服を着て、ホテルの部屋から出た
細い通路を先に歩いていたトオルが振り返ると
キデにキスを求めて来た
そこで2人は立ち止まり、しばらくキスをした
車でキデの自宅付近に差し掛かったときも
決まってトオルは最後のキスをキデに求めた
そこでキデは人気のない公園近くの
駐車場を案内すると
そこで停車してまたもやしばらくキスをした
ひとしきりキスをした後で
トオルは訊いてきた
「…ここでこうやって他のメンズとも
お別れのキスをするの?」
「しないわよ、だってそもそもこんなに
最後の最後までキスを求める男なんて
トオルぐらいしかいないもの」
そうしてようやく2人は別れた
帰宅して、自宅のソファに腰を下ろしながら
物凄い疲労感、自分自身を消耗した感覚に
キデはふぅっと息を吐いた
もちろん、思いのほか、トオルとの逢瀬で
3回もアクメに達して、満足感もあったし
大好きなトオルと過ごせたのはとても
楽しいひと時ではあった
しかし、どんなにこちらが意識して身構えても
所詮は無防備な肌の重ね合い
どうしてもある程度のトオルの想念を
吸収してしまう
それが証拠に、私の意思とは関係なく
トオルのビジョンばかりが、
先ほどからずっと
走馬灯のようにとめどなくよぎるもの
払っても払ってもそれはチラつく
たぶんこれは、あともう1日ぐらいは
続くでしょうね
逢瀬の後の、「トオル落とし」が大変なの
でも、今回はまだマシな方なのかも
逢瀬の途中で気付いて
トオルの想念に乗っ取られまいと
意識してガードしたもの
いつもよりかは、逢瀬の後の、
あの言いようのない
寂しさと不安も少しだけ弱めだし
えぇ、この感覚は私自身のものではないの
トオルのものよ
トオルの置き土産ね
そこを履き違えてはダメよ
そうでないと、トオルの想念に引っ張られて
本来の自分に戻れなくなってしまうから
それにしても、どうしてかしら
他の愛人と逢瀬して別れた後は
ほんのりと温かく満たされた気分で一杯になるのに
トオルとの逢瀬ではそれを一度も感じたことがないわ
あぁ、そうか、彼らは大きな愛情でどっしりと構えた、
大人の男で
トオルのようにガツガツと私を求めたりしない
むしろ、私にその愛情さえ与えようとしてくれる
だけど、トオルは、無邪気に私を好き好きって
求めてばかりね
尤も、そういうところが可愛くもあるのだけど
でもね、トオルは求めてばかりだから、
不安が尽きないのよ
その不安を打ち消そうとして、
私に他のメンズの質問ばかりするじゃない
あるいは、彼らの中で、
何かしら自分が優位に立てるものを
意地汚く探そうとする
今はまだしばらく、このままでも構わないから、
思う存分、私を求めていつか満たされたなら、
ねぇ、トオルも愛情を与える人になって欲しいのよ
その時こそ、トオルも彼らと同じ「同志」になれるわ
愛情を与える人になると、
些細なことなど気にならなくなって
彼らのようにトオルも、
強がりでもなく本当の意味で
私が誰と逢瀬しようとも、
全く気にならなくなってくるのよ
だって、揺るぎない愛情が自分の中で
こんこんと湧き出ていて
離れていたとしても
常に私との、揺るぎないつながりを
感じていられるようになるから
トオルは情が深くて優しい男で
勘も鋭く、センスがあるわ
だから、大丈夫、いつか変われると信じているの
ねぇ、どれぐらい、私の言葉は伝わったかしら?
キデは目の前に浮かぶ、トオルの面影に
話しかけるようにしてつぶやいた
キデにとって、弟か息子のように思えるトオルは
やはり愛人の中では一番可愛く、
放って置けない存在であるので
こうして逢瀬の後で少ししんどい思いを
毎回したとしても
キデがトオルを愛している限り
今後も同じように
心待ちにしてトオルとの逢瀬に
臨むだろうと思うのだった
the end
コメント