「…オレは女を切らしたことのない、
いわゆる、陽キャラの男だから、
自分が挿入するまでの時間稼ぎ的な
愛撫をしがちなの…?」
ずっと力強くキデを抱きしめていたかと思うと
トオルは力を緩めて上目遣いで
キデの顔を覗き込んできた
「…だから、あれはあくまで一般論だから
気にしないでって言ったでしょ?」
トオルは逢瀬のたびに、この質問をした
しかし、その割には自分の愛撫のスタイルを
見直してみようとかは思わないらしいが
それから、またもや思いついたかのように
話の途中で、パクリとキデの乳首に食らいついた
本当に、まるで子猫か子犬が母親の乳首を求めるようね
そして気が済んだら、またもやキデを力を込めて
しがみつくかのように、強く抱きしめるのだ
性欲モンスターとトオルがキデに名付けて以来
ずっと、自他共に認める、そのとおりのキデだが
もうこの頃には、すっかりキデから性欲は失われていた
トオルの、情感たっぷりのキスを受け入れた瞬間から
本来のキデは鳴りを潜め
あたかも違う人格のキデが現れるのである
実際、トオルはキデを愛撫するときに
「キデ、キデ、だいすき」
という思いを込めながらすると言ったように
トオルのその熱すぎる想いが
キデの中で澱のように溜まり
キデのトオルへの愛情と結びついて
その澱の粘土で新たなキデの人格が
創り上げられるのだ
その新しい人格とは、
トオルの価値観に沿って行動する人格、
つまりはトオルのコピー人形のようなものだ
キデはあたかもトオルになったかのような感覚に襲われ
ひたむきにトオルを求めてしまう
とにかくトオルを独り占めしたいと思ってしまう
これは、トオルがキデを求める心を再現しているのだ
トオルは幼い頃に母親の愛情を十分に得られなかった
それはキデも全く同じで
しばしば恋愛とは、幼い頃に得られなかったものの
代理行為であるとも言われるように
そんな似たような境遇の二人だからこそ
いとも容易く共鳴し合って
キデにトオルが乗り移ってしまうのだろうか
同時にキデは、とにかく無条件にトオルに応えたい、
喜ばせたいという気持ちしか見えなくなってくる
えぇ、痛いほど分かっているの
私を独り占めして、
自分だけの愛人にしておきたいのでしょう
構わないわ、そうしましょう
どうかしていたのよ、
トオル以外の男に目を向けていただなんて
身持ちの悪い女でごめんなさい
でも、これからはトオルだけしか見ないわ
だから、どうぞ、トオルも
私だけを見ていて欲しいの
だから、お願い、私のことを離さないで
見捨てないでいて
それからキデは言いようのない寂しさと
不安に急に襲われて
トオルがまたもや、しがみつくかのように、
キデを強く抱きしめると
それを忠実にコピーして
キデもトオルを強く抱きしめる
またもやトオルが長いキスを始めると
キデもいつまでもキスをむさぼって
このままトオルと離れたくない、と
泣きそうな気持ちになってしまう
その想いが極まると
このまま夫も捨てて、
トオルと一緒になりたいと
真剣に思い込んでしまう
でも、そんなキデを
もう一方で冷静に見ている
本来の人格のキデがいて
警告するのだ
「違うでしょ、そんなことなど
一度たりとも思ったことなんてないでしょ?
本当に望んでいることじゃないでしょ?」
あぁ、うるさいと、新たな人格のキデが耳を覆う
それから、見知らぬ、トオルの過去の女たちに
激しい嫉妬を感じて
つい、キデは口走る
「ねぇ、トオルは私のこと、
今まで出逢って来た女性の中で一番好き?」
「え?…どういうこと?」
おおよそキデらしくない質問に
さすがのトオルもぎょっとしてキデを見た
違う、私はそんなことなど訊きたくないのに
そんなことなど訊いたって、無意味なのに
新しい人格のキデが、トオルのコピー人形のキデが
本来のキデの人格を凌駕して、暴走してる
絶えずキデの他のメンズに嫉妬している
トオルの心をも再現してしまっているのだ
更に熱にうかされたかのように口走った
「私が他の先輩愛人らの関係も清算して
セフレたちも片付けて
トオルだけの愛人になるわって言ったら
どうする?」
「…うん、それでもいいよ、受け入れる」
そこでトオルは力を込めてキデを抱きしめた
to be continued…
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