「サイトで知り合って、一度だけ関係を持った
男性がいるのですが、
その人がハメ撮りをしたかも知れないのです」
「その男性と知り合ったのはいつでしたか?」
プロらしく、永くなりそうな話の前に、
Y弁護士はすかさず質問を挟み込んできた
「2月8日です」
「関係を持ったのはいつですか?」
「2月8日です」
「彼の奥さんからメールが来たんです
不貞行為を許さないって
でも、彼は自分で独身だと言っていたので
そのことを伝えると、奥さんはトーンダウンしました
だから今回は、不貞行為どうこうが問題ではありません
でも、彼女が、夫が夫の友人へと、
私の写真とやり取りを開示していると言うのです
確かに、彼は行為のとき、自分の洋服を脱がなかったし、
もっと奇妙だったのは、挿入の寸前まで自分のトランクスを全然脱がなかったことです
これってば、やはり、ハメ撮りの可能性を感じさせませんか?
それから、もっと奇妙なのは、彼の奥さんの発言が二転三転して
旦那が友人に私の写真ややり取りを開示したのは
全ては奥さんの自作自演だと、奥さん本人が言うのです」
キデが一気に話して、一区切りしたところへ
Y弁護士はまたもや、すかさず言った
「その奥さんは、話を聞いていると、
発達障害か何かのような、どこか精神的な疾患の
可能性を感じるね」
「やはりそうですか、私も、彼女の話は鵜呑みに
しちゃいけないなと思っていました
正直、このことが発覚したとき、
私はずっと東京にいて身動きが取れずにいて
その間にもこの夫妻はハメ撮りの証拠隠滅をしたかも知れない
でもどうすることも出来ないなって
正直、半分諦めているところもあるのです
私も今回のこの騒動の落とし所をどこにすべきか
決めかねている状態です」
一息つくと、続けてキデは言った
「だから、今回のことはいい勉強になったと
これ以上の追及は諦めるかも知れません
そこで今後の自衛策として訊いておきたいのは
どうやったらハメ撮りの可能性って防げると思いますか?」
「それは、やはりそういうことをしないだろうという、
信頼のある人と関係を持つことに尽きるでしょうね
正直、盗撮のためのカメラなんて、
ペンや、ペットボトルや、TVのリモコンや
果てしなく何にでも仕込める時代だしね」
「ま、そうですよね、そうなりますよね
でも、そういう信頼のある人となると、
必然的に自分の生活圏の相手となってしまい、
そうすると、今度は倫理的な別の問題が出てくるわけです
だから、私は後腐れのない、敢えて生活圏外の
相手ということで、こうして出会い系サイトを
利用しているのです」
「誰か特定の相手はいないのですか?」
「いないわけではありません
実際、特定の相手は複数います
しかも彼らはみんな存在を互いに知っています
だけど、私の性欲が強すぎて、
私がこのようにサイトを利用することを黙認してくれているのです」
「そうですか。1番いいのは、特定の相手で
あなたの欲望にちゃんと応えてくれる人を
見つけることでしょうね」
「本当にそのとおりです
本当にそんな相手が見つかったら、
いいのですけどね…」
キデはどこか諦めながら答えた
そんな都合のいい相手など、決して見つかりやしないのだ
「仮に見つかったとして、私はその人だけと
特定の関係を結んでしまうと、
今度は独占欲のようなものが生じてくるかも知れませんね
なかなか難しいところです」
「それはそうと」
キデは何かを思いついたかのように言った
「さきほどのハメ撮り疑惑の件ですが
私が正式に先生にお願いしたら
まずサイト側にこの相手の男が登録の際に
使用した身分証明書を見せてもらい
それに基づいて相手の男のところへ
乗り込んでいくことが出来るのですよね?」
「そうですね、被害の可能性があると弁護士を通じて訴えれば
相手の男性の身分をサイト運営側は開示するでしょうね」
「その後はどのような流れになるのですか?」
「相手の奥さんは部外者扱いとなるので排除し、
相手の男性の元へ乗り込んで、
ハメ撮りの証拠がないか弁護士立会いのもと
確認をして、これ以上何もないと分かれば
そこで念書を書いてもらうぐらいですかね」
「なるほど、でも相手は最近転職したばかりで
準公務員のような固い仕事をしていると言っていたので
弁護士が職場に乗り込んできただけでも
かなりのプレッシャーを相手に与えることが出来るでしょうね
とろこで、その際の費用はお幾らになるのですか?
ちなみに、私は相手への慰謝料請求を考えておりません」
「そうですね、それならば、15万と言ったところでしょうか」
「それは交通費とか言った諸々の経費込みですか?」
「そうですね、交通費などは高が知れていますしね
要は、その費用を高いと思うか、安いと思うか、
そこまで支払う価値があるのかどうかってことですよ」
キデはうーんと唸ると、頭に両手を組んで置いた
どうすべきなのか決めかねていた
所詮は念書だ、法的拘束力もない
一度持ち帰って、自分の気持ちと相談すべきだろう
「ところで、旦那さんはご存じないのですか?」
キデの夫は、キデの直属の上司にあたり、
キデの夫とも顔見知りである、Y弁護士は尋ねた
「ええ、今回の相談の件も、旦那は知りません
敢えて、私のプライバシーには踏み込まないというのが
彼のスタンスなので」
「そうですか」
これ以上話し合うことはないと、Y弁護士は判断したのか
少しだけ椅子から腰を浮かせて立ち上がるような
仕草を見せた
これ以上の長居はさせないということか
さすがに、クールでその態度を崩さない、
合理的に案件をさばいていく人だわ
でも、そう簡単に自分の気持ちも整理出来るものじゃないのよ
そこで敢えてキデはまだ物足りそうに
去り難い様子を見せて、話を続けた
与えられた相談時間の残りはまだあるはずだ
「先生の事務所って、実に面白いパンフ、置いてあるんですね」
そう言うと、キデはテーブルの端に置かれてある
パンフを指さした
既にそれをキデは待ち時間に貰ってあった
パンフは「フリンのイイブン」
「フリンのケジメ」と書かれてあった
中身は不倫の示談交渉でいくら費用がかかるのか
どういう流れで行われるのかについて
ポップな感じで簡単に説明されていた
どちらのパンフにも、フリンの慰謝料の相場は
150-300万円と書かれてあった
ちなみに、このブログの読者の中で、
現在、絶賛不倫満喫中、あるいは絶賛不倫泥沼中、
あるいは不倫予備軍の人もいるかも知れない
その人たちのために、老婆心ながら、
もう少しパンフの中身を紹介すると、
示談交渉での弁護士費用は、
着手金として15万円(税別)+ 実費
成功報酬として、
請求額と支払い額との差額より15%(税別)
訴訟の場合は、
着手金が15万(税別)→ 25万円(税別)に跳ね上がり、
あとは同じ
「最近、この手の相談が多いのですか?」
「多いですね」
顔色変えずにY弁護士は答えた
このY弁護士は、そのシュッとした外見からはうかがえない
熱き人権派弁護士の一面があって
自民党の改憲問題を論じたりしたかと思えば
こうしてまさに旬な、出会い系サイトとか、不倫問題にも
LINEかこうして対面での相談で、積極的に取り組んだりする
なかなか商売上手な一面もある、
いわゆる何でもござれのマチ弁なのであった
本当、外見からだけなら、
都会のどこかの大手法律事務所に所属して
実入りの良い、企業法務ばかりを担当していそうなのに
(ごめんなさい、思いっきり偏見と独断で書いてます、
Y弁護士)
「分かりました、自分でも落とし所を探ってみます
今回はどうもありがとうございました」
そう言って、謝礼のお札を取り出そうと、
キデがシャネルの長財布を取り出したとき
イソ弁の若造が、食い入るようにキデの
財布や手元を凝視していた
どんな些細なことでも、クライアントから
目を離さずに凝視して観察しろとでも
教えられているのだろうか?
いずれにしても露骨過ぎるから、
今後の課題としては、気づかれないように
さり気なく観察すべきであろうが
キデは一礼すると、事務所を後にして
夫が待つ、車へと乗り込んだ
シュッとした彼に相応しい、
スタイリッシュなインテリアの、
マンションの一室のような事務所であった
どうも私の気持ちがこんがらがってる
そうだ、こんなときは、整理してみよう
物事には必ず、肯定否定の二局面がある
今回のカジモト事件を通して
自分にとって悪かったこと、
敢えての良かった点をまずは思いつく限り
列挙してみるのだ
そう思いつくと、その分、
少し気持ちが楽になったような気がした
to be continued…
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