マコト、今日、ネイルを新たにしてもらったのよ
ネイルの寿命は約3週間
ネイルがまだキレイなうちに、あなたと逢えるかしら?
マコト、あなたは私とは正反対の男で
物書きの性から何かと言葉を欲しがる私とは違って
役者の性からあなたは言葉など要らないと言い切るの
物書きの性で何でも言葉に置き換え、
突き詰めて考える私と
役者の性で言葉で認識するまえの感情、
感覚こそに重きを置くあなたと
だからなのね、マコト、あなたからのLINEは
いつでも「忙しい、忙しかった」だけの
言葉足らず、愛想なしなのは
ええ、分かっているわ
それでもどうにかこうにか毎日1通の返事だけを
寄越してくることこそが
あなたらしいあなたなりの愛情表現ってこと
それに、あなたは東京という大変な戦場で
俳優業の傍ら経営者としても日々奮闘しているものね
そんな最中、夫が瀕死の状態で救急搬送されて
動揺して夫の状態をちゃんとまだ理解できないでいた私に
のっけから主治医はこの先何かあったら
延命治療を希望するのかしないのか
その場で直ぐに決断しろと何度も迫ってきて
辛うじてその場での決断を猶予してもらい
代わりに大きな宿題を持ち帰ったわけだけど
夫の搬送を機に何もかにもが
劇的に大きく変わり過ぎた状況に
私はすっかり疲弊してしまった
マコト、あなたは暇を見つけては毎日のように
何度もそんな私に電話をくれたわね
そして、マコトの場合は父親だったけど
自分も愛する家族を静かに見送った時の話を聞かせてくれたの
寝ても覚めても家でも職場でも
私はずっと夫のつら過ぎる現実から逃れられなくて
そんな最中、マコトの声を聞けるのが
唯一の息抜きだったわ
あなたは私を励まそうとして
知人家族を見舞った話、
患者家族としての体験談などの
病院にまつわる話をたくさんしてくれたけど
でも、いつまでたっても、そんなおおよそ
色気とはかけ離れた話題ばかりで
そうね、今にして思えば大変な非常時だったからこそ
あなたも敢えてそんな話ばかりをしてくれたのかも知れない
だけど、私はそんなあなたの声をぼんやりと聞きながら
つい何度も与謝野晶子の歌を思い出さずにはいられなかったの
「柔肌の熱き血潮に触れもみで悲しからずや道を説く君」
(あなたのことを想って火照る私の肌に触れることもせずに
あなたは私のことを心配して真剣に話をしてくれてる、
女としての私にあなたは興味がないのですか? キデ意訳)
マコト、せめて2人で話している時ぐらいは
夫の哀しい現実のことも忘れてしまいたい
それから、もっとあなたについて知りたい
そして、願わくばこのまま2人っきりで
甘美な世界に酔ってしまいたい
だから、今度はマコト自身についての話を聞かせてって
マコトが俳優になるまでの話を
私の方からせがんだりしたの
あなたは突然そうせがんだ私に少し驚いていたけど
大人の男としてたくさんの魅力的な引き出しを持つあなたは
たちまちに私を魅了してしまう、
そんな素敵な話を聞かせてくれたわね
…でも、その後は、夫の分の仕事も引き受けて疲労困憊して
帰宅するなり独り手酌の晩酌の後でゴロンと寝入ってしまう私と
不規則な仕事で深夜や早朝に帰宅するあなたと
いつでもタイミングが合わずに、いつしか電話も遠退き
またもや一日一通のLINEだけのやり取りに戻されてしまったの
あなたを求める気持ちと遠慮する気持ちとの間(はざま)で
私の心はすっかり委縮して窮屈になってしまい
そんな心を自分でも持て余してしまっていたの
マコト、あなたも言った通り
愛人だとか恋人だとかセフレだとか
そんな枠組みだなんて本当はどうだっていい
日増しに膨らんでゆくこの想いを
そんな既存のちっぽけな枠組みにはめ込もうとすることの
しんどさ、愚かさを十分過ぎるほどに知り尽くしている2人だから
それでも敢えてあなたを「第2愛人」に仕立て上げたのは
冗談っぽくあなたを任命して反応を見たかったのと
2言目には「だってあなたは私の愛人でしょ」って口実にして
少しでももっと踏み込んだ会話をマコトとしたかったから
まさか、あなたの愛情を引き出すための
駆け引きをしたいとは全然思わなかったけど
それでも、少しぐらい愛の言葉をくれたっていいじゃない?
たった一言でいいの、それだけを糧に
逢えない日々も乗り越えられそうなのにって
どんなに私から誘い水のLINEを送ってみても
なしのつぶてだなんて、あまりにつれなさすぎるわ
そうやって1人でいじけてたつもりが
いつしかあなたの愛を疑う不安へと変わっていったのよ…
to be continued…
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