第3愛人のトオルが指定して、
第2愛人のヒロシと先月逢瀬したホテルは、
フロント形式のホテルで、
オープンスペースの駐車場に車を停めると
ホテルの建物まで歩いて向かわなければならなかった。
尤も、相手のメンズが誰であろうと、
逢瀬するときはその相手だけに集中する
キデのことなので、
ヒロシのことを思い出したのもほんの一瞬であったが。
車から出て、トオルと並んで歩くとき、
キデは慌ててトオルの腕に自分の腕を絡めた。
手をつないだことはあっても、
腕は誰とも組んだことがない、
それだけに腕を組むと言うことは、
「大人の関係」って感じがすると、
実に変なポイントで興奮したトオルを
喜ばせたいという気持ちもあったが、
それよりも、逢っている間は
片時でさえもトオルと常に何かしら
肉体的接触をしていたいと言う、
もはや強迫めいたキデの焦りのような
想いから自然に取った行為とも言えた。
でもどうしてなのだろうと
キデはトオルと逢うたびに
思わずにはいられなかった。
他の愛人らと逢瀬しているときには
決して彼らと腕を組みたいとも思わないし
むしろ面倒くさいぐらいだし
常に肉体の一部で接触したいと言う焦燥感さえもない。
キデは常々、自分のことを鏡のような女だと自認していて
相手の思うように、相手の感じることをそのままそっくり
反映して体現しまうところがあるのだ。
だからかつてこのブログでも書いたことがあるように、
相手のメンズが精神的にも成熟した大人の男で
難しいことは言わずに
純粋に目の前の相手の女としての
魅力を満喫しつつ楽しみたいと望むのならば
キデも何の苦もなく彼に合わせて
まさにそのような逢瀬を楽しむことが出来た。
またわんぱくな面のあるメンズが相手の時は
彼に合わせて、いっしょにいたずらを企む
級友のようなはしゃぎっぷりで
逢瀬を楽しむことも出来た。
性欲が強くて、要望10か条さえ厳守してくれたら
意外なようだが、その他には特に何のこだわりのない
(え、既に十分にこだわっているって?)
キデなのだ。
それなのに、このトオルに対してだけは、
あたかも自分とトオルは
シャム双生児であるかのように
一瞬たりとも肉体同士の接触がないと
不安で寂しくて焦って仕方ない。
一体この気持ちは
どこからやってくるのか?
そう言えば、遠い昔、キデがまだ20歳だった頃
死ぬほど好きな、27歳年上の男がいて、
当然彼は既婚者でキデは未婚だったのだが
週1での逢瀬がキデの人生の全てだった。
その彼との逢瀬に至るまでの経緯をここで
書くとすっかり長くなって
脱線してしまうので敢えて割愛するが
まだ若くて未熟だったキデには、
確固たる自己が確立されておらず
彼との逢瀬の合間にだけ、
自分らしさを実感し、解放感、癒しを
得られるような気がした。
尤も、その自分らしさも実は錯覚であったと、
随分後になって成熟したキデは知るのだが。
まさにそのときの感覚に似てる、
とキデは何度否定しても
そう強く思わされるのだった。
当時は、待ち焦がれた男との逢瀬が始まった瞬間から
既に逢瀬を終えて別れるときのことを考えては
不安になって孤独にさいなまれて
泣きそうな気分になってしまった。
それでいて肝心の、激務の最中、時間を工面して
逢いに来てくれた、男との逢瀬を
楽しむことが出来ず、気が付けば、
相手の男の不自由さを責めてばかりいた。
そんな自分を慰めるかのように、
キデは逢瀬の間中、相手の男と常に
肉体的接触を求めた。
相手の男の言葉よりも、
彼のキデの肉体に対する接触と
その反応だけしか信じられないでいたのだ。
今ではキデも、当時の愛人の年齢と同じぐらいになり、
同じ既婚者という立場にもなったので
彼の気持ちが痛いほど
理解することが出来るようになったのだが。
それなのに、どうして?
どうしてこのトオルという男だけは、
私にそんな昔の、初心でまだ少女だった頃の私を
思い出させようとするの?
激務で思うように逢えないのは、
何もトオルに限ったことではない。
言わずもがな、他の愛人らも同じことだ。
この過酷な日本社会の労働環境で働く限り
老若男女問わず誰しも当てはまることなのだ。
それなのに、どうして?
トオルがキデの他の愛人らと違うのは、
もうここまで酷いとなると、
私の心をつなぎ留めておくための
トオルの敢えての策略なのかと
邪推してしまいたくなるぐらいに
キデの問いかけのラインに既読スルーを
貫くことだろうか?
そしていい加減、業を煮やしかけた頃、
それを察知してか、
気紛れにトオルは返信を寄越すのである。
しかも、何せ読解がとんちんかんな彼のこと、
待ち焦がれた彼からの返信がこれかと
いつでもキデをガクッと脱力させてしまう、
大幅に的外れな内容の返信を。
最近はとみにそのとんちんかん振りが酷かった。
出逢った頃はもう少しパリっとした、
もっと気の利いた言葉を寄越して来たはずなのに。
すっかり私に甘えきって油断してこれなのか
激務でさらにイカレポンチになってしまったのか
そもそもこれが本来の彼の姿なのか
それを判断するための彼からのラインが
絶対的に不足していたので、
未だにキデは測りかねて
少しイライラしているところもあった。
その他に考えられるのは、
前作「情が深すぎる男」でも書いたように
子が母を求めるかのような無邪気さで
キデを求めるトオルの求愛の仕方に
すっかりキデが慣れて合わせてしまっている
そんな一面もあるのかも知れなかった。
それが証拠に、トオルと一旦離れてしまえば
時間の経過とともに本来のキデを取り戻し
また性懲りもなく他のメンズとの逢瀬に
うつつを抜かしていたからだ。
「どの部屋にする?」
フロントのタッチパネルではどの部屋に
トオルの希望するバスマットが
置いてあるのか分かりかねた。
でも、既にわずかしか残っていない部屋には
どこにもバスマットは置いていないだろうと
キデは静かに見通すと、
最初に目に飛び込んで来た部屋のボタンを押した。
to be continued…
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