2人は洋服を着ると、部屋を出る前に
トオルはキデにキスをしてきた。
ガレージ形式のホテルならば、
ガレージまでの下りの階段でキスをするのだが
ここはフロント形式のホテルだったので
ここでしかキスをするタイミングがなかったからだ。
明らかにキス魔であるトオルになぜそこまで
キスをたくさんするのかと訊いたことがあった。
「またこれでしばらく逢えないと思ったら、
今のうちに出来るだけたくさん
しておこうって思うんだ♪」
それから二人は外に出て、車に乗り、
キデの家の近所を目指して出発した。
今度もトオルはキデの手を
握る様子がなかったので
キデからトオルの手を取った。
メイクラブが済んだ後でも、
こうしてキデをまたもや
不安にさせてしまう男である。
「どうするの、またキスをする?」
「したいけど、どこで?」
いつもトオルはホテルを出る直前と
キデが車を降りる直前に
キスをしたがる男なのである。
「ほら、あそこのATMの駐車場」
「え、でも、まだ明るくて、
通行人とかに丸見えじゃないのかな?」
「じゃあ、したくないのね?」
「いや、する♪」
待ち合わせしたコンビニの駐車場の北側にある
ATM専用の駐車場に停車した。
駐車場には付近の建物のガードマンが
こちらを向いて立っていた。
会社から支給された大型のバンに乗る
トオルの車は、営業車仕様だけあって、
窓はUV仕様の少し色味がかったものではなく
全くの透明なガラス、しかも大型バンだけあって
窓1枚1枚が大きく、少し離れたガードマンからは
車内は丸見えのような気がした。
さすがのトオルにも照れとためらいがあった。
「したいのでしょ?」
キデはそう言うと、
キデからトオルの唇へとキスをした。
1度目はうかがうように唇だけを合わせた軽めのキスで、
2度目は二人にしては少し短めのディープキス。
それからすぐ近くのコンビニの駐車場で2人は別れた。
信号待ちの間中、トオルが見納めに
キデの歩く姿をじっと見守っているのは重々承知で。
しかし、だからと言って、
この時にキデがトオルの方へ
振り向くことはなかった。
それがキデなりのけじめでもあった。
そして逢えない間のせめてもの慰めとして
この歩く私の姿を目に焼き付けたらいいと。
もちろん、トオルが凝視しているだろうことは
分かっていたので、
逢瀬の後の気怠さが残っているにも拘わらず
キデの全身にあの甘い緊張感が走り
背筋はピンと伸びて、ヒップもキュッと上がり、
キデの出来る最大限美しい歩き方で自宅へと向かうのだ。
それでもキデが頑なにトオルの方へ振り向かないのは
振り向くと未練で心掻き乱されそうな気がしたし
車を降りた瞬間から、
元の自分へとリセットしたいという
そんな願いがあったからだ。
そうでなくても、性交とは
単に互いの肉体が交じり合うことだけではなく
互いの情念の交流だとも、最近とみにキデはそれを
痛感させられていて、逢瀬が終わった後は
必ず相手の男の何かしらの想念を貰って帰るからだ。
その相手の想念に飲み込まれ過ぎないという、
キデのせめてもの自衛策でもあった。
「オレではキデを満足させてあげられない…」
キデはさきほど言った、トオルの言葉を思い出していた。
知ってるの。
満足させてあげられないのではなくて、
その気がないということなのよ。
トオルは私よりも仕事を選んでいるだけのこと。
そんなことは自明の理だわ。
しかし、キデにはそんなトオルを
心底責めようという気持ちはなかった。
もちろん、愚痴はたくさん言ったりするものの。
そして、トオルはトオルで
たくさんヤキモチをやくものの。
でも、キデはそれで構わないと思っている。
仕事を選ぶのかキデを選ぶのか、家庭を選ぶのか、
それは完全にトオルの自由だからだ。
そして、今のところ、私は、私どころか
自分の私生活さえ投げ打って仕事に邁進してる、
そんなトオルを選んでいる。
そして、そんなトオルを想う時、
キデは少し意地悪く考えることがあった。
これまでも仕事ばかりを優先してきた彼は、
どうやら彼自身の家庭も育児も全て奥方1人に丸投げして、
ある意味好き勝手に生きてきた。
「オレがキデが他の男と逢瀬するのを受け入れているのは、
きっと誰も理解できないだろうね♪」
これは実際に彼自身が何度も言う言葉だけど、
それはそんな人生から学んできた、
彼なりの処世術なのかも知れなかった。
オレもオレで好きに仕事人生を貫くから、
キデもキデなりにオレと逢えぬ間は
女として楽しみ、幸せでいてくれと。
そのようにキデは解釈している。
実際に彼は、こうも言った。
ヤキモチを妬きながらも、
彼の見知らぬメンズと逢瀬して女としてきらめく
キデを見るのはやはり嬉しいし、
そんなキデから自分も幸せな気分を貰うのだと。
自分の仕事のせいで我慢を強いられ、
恨みつらみを言われるよりも、
はるかにそちらのほうが健全であると。
尤も、出来れば逢瀬の相手は、自分も知ってる、
Kidechan’s men だけに限ってくれたら、
もっと嬉しいのだけど、とも。
お互いに逢えぬ間は、お互いの見知らぬ、
日常生活をそれぞれ懸命に生きて
そして都合が合えば、そんな二人の束の間の、
ご褒美のような嗜好品としてお互いを求め合えばいい。
私たちは互いに嗜好品の関係、
すなわちそれが「非日常の関係」であるのだと、
キデは思っている。
根底でキデとトオルはそこで合致しているから、
どんなに危うく見える関係だろうとも、
こうして細く永く繋がっていけるのである。
自宅マンションにたどり着く頃には、
心地良い疲労感がキデを襲っていた。
to be continued…
次回はいよいよ完結編、お楽しみに♪
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