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夫への手紙~その2~

おつかれさん

 

今朝のあなたの体調はどうですか?

 

先ほどあなたに持たせたスマホに

 

試しでLINEでメッセージを送ってみたら

 

信じられないことにあなたから程なくして返事が来て

 

小躍りしてしまいたくなるぐらいに喜んだ

 

「おはよーさん、起きてる?」

 

「降りてきて今から行く」

 

ちょっと頓珍漢な返事あせる

 

これはいつでも夫にメッセージを送る時は

 

私が外出をする時で

 

自宅マンションから少し離れたところで

 

駐車場を借りている私たちは

 

いつでも夫が車を取りに行き

 

近所である駐車場を出るタイミングで

 

私にメッセージを送って知らせてくれていたから

 

「(マンションの下に)降りてきて

 

今から(駐車場を出てそちらへ)行くよ」って

 

でも、今の現実の夫は県立病院の救命救急病棟で

 

おびただしいコードやチューブにつながれて寝たきりなのに

 

ついつい習慣で私にそんなメッセージを送って来たんだね

 

そんなところも今ではとても愛おしくてありがたく思うよ

 

思えば、あなたはそんな重篤な症状に冒されながらも

 

数々の幸運を引き寄せて来たと思う

 

いいえ、私のために、あなたは待ってくれていたんだね

 

いつか先に逝くあなたのことを少しでも強く受け入れられる

 

そんな私に私がなれるように時間を与えてくれていたのかな

 

40代で患った腎がんが10年以上してから再発して

 

その時には既に肝臓と肺へも転移していて

 

ステージ4だと宣告された

 

がんと全く接点のなかった、

 

もうすぐ40歳になる頃だった私は大泣きしたし

 

未知なるがんのことをいたずらにネットで調べては

 

夜な夜な震えおののいたりした

 

でも、夫と一緒に闘病すると決めて私たちは入籍したのだよね

 

がんの他にも指定難病だとか多種多様の生活習慣病を抱えるあなたは

 

私に迷惑をかけたくないと入籍にためらっていたけど

 

でもそんなあなたに私からプロポーズしたの

 

「籍を入れましょう。結婚するわよ、ともに病と闘うの

 

病院は家族じゃないと何かと扱いが不利になるでしょ」

 

結婚なんて二度とごめんって思っていたのにね

 

だけど、いざ蓋を開けてみると

 

あなたは世界で一番優秀な夫、私史上一番のいい男で

 

がん治療で一番最初に使用した抗がん剤は

 

あなたとは相性が合わなかったみたいで

 

実にいろいろな副作用に苦しめられたみたいだけど

 

あなたは私に心配させまいって何も言わずにじっと耐えてた

 

薬がいよいよがんに合わなくなるまで3年も耐えていたの

 

その間もどんどんと副作用は過酷さを増す一方だったのにね

 

薬の副作用で手の指がボロボロになって痛みが酷くて

 

それを保護するビニールの手袋が

 

四六時中欠かせないあなただったのに

 

当時から性欲の強かった私に求められると

 

そんなボロボロの指先で

 

私を精一杯愛撫してくれたのよね

 

それなのに、薬の副作用で、

 

最後の辺りはしばしばトイレで粗相をするあなたに

 

私はいつもイライラさせられて

 

当時の愛人にそんな夫への悪口や愚痴をこぼしたりしていた

 

そんな抗がん剤もいよいよ夫のがんには効かなくなって

 

2番目の抗がん剤治療に切り替えたわけだけど

 

この薬はまだ当時は新薬だけに副作用は未知数だった

 

でも表面的にはあなたと相性がいいと見えて

 

いつしか肝臓へ転移していたがんはほとんど消えてしまっていたし

 

肺へ転移したがんもそのまま大きさをとどめていただけだった

 

後知恵だけど、あなたの健康状態はすこぶる悪い

 

つまり、それはがん細胞にとっても栄養状態が悪いということで

 

だからこそ、がんの進行もゆるやかだったのではないのかな

 

それなら、あんなにも矢継ぎ早に薬の種類を変えて

 

抗がん治療をする必要性があったのかな?

 

肝心のがんを潰す薬よりも

 

いつしか抗がん剤による副作用を消す薬の数の方が

 

おびただしく増えて行ったね

 

確かに2番目の新薬では副作用で、血栓が出来たり

 

肺には発症すれば重篤な症状になりかねない、

 

そんな肺炎の影もちらつき始めたと診断された

 

でもそれらは所詮、

 

私たちのあずかり知らぬ体内で繰り広げられていたことで

 

少なくとも私の目から見るあなたは久しぶりに

 

人間らしい自由さを取り戻したかのようだった

 

薬を変えた途端にトイレで粗相をすることもなくなり

 

食いしん坊のあなたはますます食に関心を持つようになって

 

私が食べているお菓子を「一口ちょうだい」って

 

いつだってねだってくるあなたの可愛らしかったこと!

 

私が冷蔵庫や戸棚から何か食べ物を取り出すたびに

 

背中を向けてTVを観ていたのに

 

私の方へ振り返って興味津々で何を食べるのか

 

じっと見ていたりなんかしてね

 

そんでもって、自分も一口ちょうだいとねだりに来たりするの

 

うふふ、本当に愛くるしかったわね、あのあなたは

 

それまではかつてのヘビースモーカーの後遺症か

 

甘いお菓子なんて興味も示さなかったのにね

 

数値でしか杓子定規に人を測らぬ病院の検査では

 

認知症の兆候は全然見られませんって結果だったけど

 

うふふ、でも毎日夫と過ごしている私やオンマには分かっていたの

 

去年の春に脳梗塞を発症してから

 

あなたはちょっとずつだけど物忘れが多くなって

 

以前には造作なく出来ていたことが出来なくなって

 

話も時々嚙み合わなくなったりなんかして

 

ゆるやかに穏やかにだけど、

 

きっと認知症の症状も出始めていたこと

 

最初は私もオンマも慌てていたけど

 

でも、今ではそれがあなたの個性だと受け入れてた

 

以前よりも子供返りしたようなところもあって

 

以前よりももっと素直に私に甘えるようになって

 

うふふ、可愛くなったわねって

 

尤も、何度説明してもポカをしてしまうところには

 

時々イライラして声を荒げてしまうこともあったりしたけど

 

それなのに、あなたはキョトンとしていたりして

 

そっか、こういうところもあなたの個性なんだと受け入れた

 

でも、不思議なことに、職場では緊張するのか

 

相変わらずのクールな上司であるあなただったけどね

 

尤も、それでも私にだけはとびきり甘い上司ではあったけど

 

そんなあなただったけど、

 

私を変わらず優しく包み込んでくれて

 

私は家庭、職場における、

 

あなたの多大過ぎる庇護のもとに

 

自由に伸び伸びと、時として

 

やんちゃが過ぎるぐらいに振る舞ってた

 

きっと、あなたは癌や合併症ごときで

 

私を泣かせちゃいけないって

 

思って頑張ってくれていたのかな

 

それが3番目の抗がん剤の新薬に

 

切り替える前の6月中旬頃までの話

 

…ずっと嫌な予感はしてたんだ…

 

だって、3番目の新薬は1番目に使用した抗がん剤と同系統の薬で

 

夫はそれの副作用で散々苦しめられてきたわけだから

 

気のせいならいいなって、

 

その予感を一生懸命振り払っていたけどね…

 

to be continued…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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